そして、『擬態語』が、もうひとつのデザインのコンセプトです。きらきら、イライラ、コロコロと、擬態語の多さは、日本語の特徴です。きっとむかしの日本人には、様子や、感情が聞こえてしまうほど、感度が高かったのかもしれません。そして、「コロコロ」と、「ゴロゴロ」のように、些細な感覚の違いを、繊細に表したかったのかもしれません。
そんな日本語の擬態語の多さと自由さが、マンガの表現を豊かにしたように思います。僕が思春期のはじめ、ジョジョを読んでいたときに、ディオがキスしたときの「ズキュゥゥゥゥゥゥゥン」も、背後に誰かが立っていたときの「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」の威圧感も、衝撃的で、よりマンガを夢中にしました。コンピューターが生まれ、インタラクティブなメディアが登場し、ビデオゲームというコンテンツが出てきたとき、ものの状態や様子を音で表現してきた日本人は、その文化の特徴を、フルに発揮できたのかもしれません。レベルアップした時や回復した時のように、状態や様子が変わったときのすばらしい音のおかげで、ゲームも人生もはるかに魅力的になります。
そんな、今、アキバで遊んでいるメイドさんや、アイドル達は、あまりにも、自由に、そして多様に、クリエイティブに擬態語を生んでいっています。
古典の時代から、自由で、様々な擬態語を生んできた日本語。もし、そんな自由で様々な日本語を生んだ先人達に敬意を払うなら、日本語という文化を受け継いでいるのは、秋葉原で、遊んでいるメイドさんたちかもしれません。
僕たちは、日本の先人から、マンガやアニメ、ゲームを創って来た人々、そして、今、アキバで遊んでいるメイドさんやアイドル達に、敬意を払って、今回は、擬態語をデザインのコンセプトにしました。グラフィックを構成する絵文字から、実際、叩いたり、飛んだりしたときに、鳴る音まで。なんちて。
昭和6年10月「中央公論」に書かれた寺田寅彦の文章から。
日本人、ことに知識階級の人々の中には、とかく同胞人の業績に対して、その短所のみを拡大し、外国人のものに対しては、その長所のみを強調したがるような傾向を持つものがないとは言われない。そうして、かなりつまらない西洋の新しいものをひどく感嘆し崇拝して、それと同じあるいはずっとすぐれたものが、ずっと古くから日本にあっても、それは問題にしないような例は往々ある。
はじめまして。ビルマのカレン民族解放戦線に(ゲリラ)参加したいのですが政治結社…
shou_h0129さん
はじめまして。ビルマのカレン民族解放戦線に(ゲリラ)参加したいのですが政治結社などの組織を通さずに参加する方法を知ってる方がいましたら教えて下さい
よろしくお願いします。
質問日時:
2008/9/3 18:52:19
ケータイからの投稿
解決日時:
2008/9/4 00:32:12
回答数:
1
ベストアンサーに選ばれた回答
ytadanukiさん
タイへ観光旅行に行って、そのままジャングルを歩いてカレン族地域まで行って、義勇兵になりにきた、といえばいい。
それくらい自分の力でできないようではゲリラなんかつとまらない。
回答日時:2008/9/3 23:09:53
10 名無しさん@12周年 :2012/01/15(日) 11:23:11.74 ID:nyk227TF0